「もう、終わりにしようかと思っているんです」
電話の向こうから、ため息が聞こえた。
ぱたぱたと指が躍る。キーボードの端っこがチカチカと点滅して、そろそろ電池が切れることを教えていた。……そして、私の気力も。
食べかけて消費し損ねたカップ焼きそばにラップをかける。明日には水分が飛んでボソボソになったそれを、死んだ目の私が食べるのは確定事項だ。自炊をしようと気合を入れて買った野菜たちは、もう既に黒ずみ始めている。
手遅れになる前にぜんぶ捨ててしまえばいい。
そんな人生を歩んできた。だから、私に友達と言える存在は片手に収まるぐらいしかいない。たくさんの交友に憧れた時もあったけれど、挫折して何もかもやめてしまった。
そんなとき、救ってくれたのが自作の小説だった。
主人公は、とある風変わりな青年、ミコト。私が産み出したはずのキャラクターなのに、彼はどこまでも自由だった。旅先の土地で彼は、いろんな人と恋に落ちる。例えば、フルーツのような甘い匂いを漂わせた金髪の娘。あくる日は、筋骨たくましい、腰布がひどくよく似合う青年。少女や少年の淡い初恋だって、彼の前ではぱちんと弾けて消えた。彼が旅した分だけ、新しい恋が生まれては、消えていく。
それでも、彼は笑顔だ。いつでも。別れのときも、肌を重ねるときも、死と生の分かれ目に立っているときだって。
だから、私は彼のことをひどく羨んでいる自分に気がつく。友達以上恋人未満の相手から連絡がないだけで、泣きべそをかいている自分と比べてしまうから。
ユウスケと私は、マッチングアプリで偶然出会った。そのとき私は好きだった人にフラれてかなり自暴自棄だったし、この歳になってまで守り抜いた処女を捨てたかった。乱暴に私を暴いてほしかった。私のことを何も知らない、第三者に。
何度か会って、私たちはきっとアプリがなければ一生交わることのない二人であろうことに気がついた。何を話せばいいのか分からなかったし、何をすれば彼が喜ぶのか知らなかった。ただ一つ、笑顔だけは褒めてくれたから、それだけに固執した。彼に嫌われるのに、さほど時間は必要なかったのだと思う。
彼の転勤が決まった。数時間で会いに行けるような生温いものではない。半日かけて、旅をしなければいけない場所だ。
だから、私たちをつなぐものは、今では一つだけの連絡手段しかない。……ない、はずなのに。
自分から終わりにしてしまうには、必ずしも適切なものではなかった。
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